少しだけ冷える日も残る春半ば。
日も順調に伸びてきて情緒が落ち着いてきた気がする。
特に何もない日々だけれど、日記がてら語ってみることにした。
少し前の話
本当に少し前は落ちに落ちて、どう死ぬか、どうやってこの生涯を終わらせるかばかりを考えていた。
あとは時々、すごく深い憎しみや怨みに囚われて良くない感情を沸かせたりだとか。
ふとした瞬間に強い憎悪に襲われることはあるけれど、なんとか音楽で誤魔化したりして、気持ちを落ち着かせている。
まだ書けていないライブレビューがあったりするけど、それは間違いなくこういった雑念のせいなんだと思う。
こうありたいというこだわりが邪魔をしている気がした。
それが極まってか、作曲すら嫌になった。
誰かといること、話すことが気晴らしになっていたのに、それすら嫌になった。
一人でいて曲を書くのも嫌になった。
そうしたらもう、先はなかった。存在が嫌で嫌で仕方なかった。
今の気持ち
今は何もかも、清々しく、何も解決していないけれどそれでも晴れやかな気持ちがある。
きっかけはわからない。こんなこと、誰にも話さなかったから。
それでも気がつけば雲は晴れていた。まるで日頃の天気のようだった。
今でもさあっと雨が降る日はどうにも自律神経が乱れてダメになってしまうけれど、それを除けば少し先のことも光が差すように見える。
思えば前はもっとずっと、見えないほど先を見ていた気がする。
遠くの星を見て、いずれは今見えているだけの星のように消えてしまうと思うような。意味のない命をいつ終わらせてもいいと思うような。
でも今を生きることも悪くないと思った。意味なんかなくても、今が楽しければ。楽しいとかじゃなく、苦しくても次に繋がるなら。誰かが私を求めてくれるのならば。
死にたいと思うこと
いつだって、死のうと思ったとき、涙が溢れてそれを止めるのは今までの自分のことだった。
自分の成したことで世に出していないこと。研究も、言葉も、音楽も。全て拙いことかもしれないけど、死んだら誰がそれを知るのか。あるいは知らぬまま消えゆくのか。
そして同時に、人の顔が浮かぶ。親、友人、後輩。どこまで記憶に刻まれるかわからないけれど、一瞬でも悲しむ顔を思えば自然と涙が溢れた。まだ私は弱いと思ってしまった。
作曲をしてからなおさら思った。まだ形に残せていないものがたくさんある。頭でだけ鳴ってる音。仮に私が死んでも、残されたメンバーには届いて欲しかった。それが死なない理由だ。
伝わらないものは残せていない。今はとんと思わないが、死んでも演ってほしい。今はもちろん、死なずに残してたくさん演ろう。そのために頑張ります。
最後に
締める言葉も特にないけれど、今見えている日の差した景色を進みたいと思う。
翳りもあるとは思う。そう簡単に人は変わらないからね。
今ある“今”をただ、進むだけ。その先にはきっと目標があるんだけど、あまりそこに目を眩ませないで進むしかない。
生きる気力はどこから湧いたのだろう?それを特定できたらもっと人生は楽になるだろうなあ。それを見つけられたらいいなあ。
今はただ、自分のために。それだけを心に。強く、深く生きていく。